乳がんが見つかった日、私は「死ぬかもしれない」と同時に、仕事のことを考えていました。
子どものこと。
家計のこと。
職場のこと。
明日の予定のこと。
夕飯のこと。
本当は、自分の体を一番に考えなければいけないはずなのに、頭の中ではずっと、
「私が止まったら、全部止まる」
という不安がぐるぐる回っていました。
育休から復帰して、仕事も続けて、管理職にもなって、家事も育児もなんとか回してきた。
忙しいけれど、これが自分の選んだ生活だと思っていました。
大変だけど、頑張ればなんとかなると思っていました。
でも、40歳のタイミングで乳がんが見つかりました。
長生きしたいと強く思っていたわけではありません。
けれど、「思っていたより早く死ぬかもしれない」と感じた瞬間、漠然とした不安に押しつぶされそうになりました。
子どもの成長を、成人するまで見届けられないかもしれない。
結婚する姿を見られないかもしれない。
家計が苦しくなって、家族に負担をかけるかもしれない。
職場にも迷惑をかけるかもしれない。
いろいろな不安が一気に押し寄せてきました。
でも、その中でも一番ショックだったのは、乳がんが分かってもなお、仕事や家のことを心配してしまう自分でした。
「病気なんだから、今は自分のことだけ考えればいい」
そう言われたら、きっとその通りです。
でも現実には、そんなふうに簡単には切り替えられませんでした。
Contents
病気になっても、休むための段取りを考えてしまう
同じように仕事と家事育児を抱えている人なら、少し分かってもらえるかもしれません。
自分の体調が悪くても、子どもの予定は止まりません。
学校や保育園の連絡もある。
ご飯の準備もある。
洗濯もある。
仕事の締切もある。
家計のこともある。
「今は休んで」と言われても、休むための段取りを考えている時点で、もう休めていないんですよね。
誰に何をお願いするか。
どの仕事を引き継ぐか。
子どもにはどこまで話すか。
夫には何を共有しておくか。
今月の支払いは大丈夫か。
治療費はどれくらいかかるのか。
病気になったのに、頭の中はタスクでいっぱいでした。
そして、そんな自分にまた疲れていました。
「私って、何をしているんだろう」
と思いました。
本当は怖い。
本当は泣きたい。
本当は何も考えずに布団に潜っていたい。
それなのに、仕事や家事やお金のことを考えている。
母親だから。
会社員だから。
管理職だから。
家のことを回してきたから。
そうやって自分を納得させようとしていましたが、心のどこかでは限界を感じていました。
私に足りなかったのは、努力ではなく「仕組み」だった
これまでの私は、家事も育児も仕事も「頑張ればなんとかなる」と思っていました。
もちろん、実際にそれで乗り越えてきたこともたくさんあります。
育休から復帰したときもそうでした。
仕事と育児の両立に慣れるまでもそうでした。
管理職になってからもそうでした。
とにかく目の前のことを一つずつこなしていけば、なんとかなる。
そう思っていました。
でも、病気になって分かったのは、気合が足りなかったのではなく、仕組みがなかったということです。
私が元気な日は回る。
私が頑張れる日はなんとかなる。
でも、私が倒れた瞬間に止まる。
そんな生活は、頑張っているようで、実はとても危うい状態でした。
家族を支えているつもりで、家族の生活を自分ひとりに背負わせていたのかもしれない。
そう思いました。
病気をきっかけに、ようやく現実に向き合うタイミングが来たのだと思います。
私に必要だったのは、もっと頑張ることではありませんでした。
私が頑張れない日でも、生活が止まらない仕組みを作ることでした。
「全部自分でやる」をやめるのは、思ったより怖かった
正直に言うと、最初からうまく手放せたわけではありません。
むしろ、「自分でやった方が早い」と思うことばかりでした。
買い物も、献立も、子どもの予定管理も、仕事のちょっとした文章作成も、調べものも、全部そうです。
人に頼むくらいなら、自分でやった方が早い。
説明するくらいなら、自分で済ませた方が楽。
多少しんどくても、今までそうしてきた。
そんな感覚が染みついていました。
でも、病気になってからは、そのやり方を続けること自体が怖くなりました。
今までと同じように頑張ろうとしたら、本当に大事なものに使う体力が残らない。
子どもと話す時間。
家族と過ごす時間。
自分の体を休める時間。
不安に押しつぶされないための余白。
そういうものが、どんどん削られていく気がしました。
だから私は、「全部自分でやる」を少しずつやめることにしました。
生成AIは、もっと頑張るためではなく、頑張りすぎないための相棒になった
そのときにあって良かったもののひとつが、生成AIでした。
もともと生成AIは、仕事や趣味のリサーチで使っていました。
本来であれば、スキルとしてもっと学んでいきたい。
仕事に活かせるようになりたい。
そんなふうに思っていたものです。
でも、乳がんになってから、私の中で生成AIの位置づけが変わりました。
生成AIは、私がもっと頑張るための道具ではありませんでした。
私が頑張りすぎないための相棒になりました。
調べる。
考える。
文章を整える。
予定を整理する。
頭の中にあるモヤモヤを言葉にする。
こういう小さな負担を、少しずつAIに渡すようにしました。
たとえば、仕事で文章を作るとき。
一から自分で考えるのではなく、まずAIにたたき台を作ってもらう。
調べものをするとき。
検索結果を何ページも見て回る前に、まず概要を整理してもらう。
考えがまとまらないとき。
頭の中にある不安やタスクを投げて、整理してもらう。
それだけでも、かなり違いました。
もちろん、AIがすべてを解決してくれるわけではありません。
最終的に判断するのは自分です。
でも、「最初の一歩」を代わりに出してくれるだけで、かなり気持ちが軽くなりました。
体力がない日、気力がない日、頭が働かない日。
そんな日に、ゼロから考えなくていいというだけで救われることがありました。
私にとって生成AIは、最新技術というよりも、
「今日の自分を少し助けてくれるもの」
になりました。

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Amazonで見るネットスーパーや宅配食材は、贅沢ではなく必要な支出だった
もうひとつ大きかったのが、ネットショッピングやネットスーパー、宅配食材などのオンラインサービスです。
これらは、今では特別新しいものではありません。
私自身も、存在はもちろん知っていました。
便利そうだなとも思っていました。
でも以前は、どこかでこう思っていました。
「少し割高かもしれない」
「自分で買いに行った方が安い」
「使わなくてもなんとかなる」
「便利だけど、贅沢かもしれない」
でも、病気になってから考え方が変わりました。
スーパーに行く30分。
献立を考える15分。
重い荷物を持って帰る体力。
足りないものに気づいて買い足しに行く手間。
冷蔵庫の中を見て、今日の夕飯を考える気力。
それらは全部、私の限られた体力と時間を使っていました。
以前なら、なんとなくこなせていたことです。
でも、体調が不安定なときには、その「なんとなく」がとても重く感じました。
だから、ネットスーパーや宅配食材を今まで以上に活用するようにしました。
買い物に行かなくていい。
献立を考える回数が減る。
重い荷物を持たなくていい。
冷蔵庫に食材があるという安心感がある。
それだけで、気持ちが少し楽になりました。
特に、体調が悪い日や疲れが強い日は、夕飯を考えることすらしんどいことがあります。
でも、宅配食材が届いていたり、ネットスーパーで必要なものを頼めたりすると、
「今日はこれで大丈夫」
と思えました。
その安心感に、何度も助けられました。
多少お金がかかったとしても、それで子どもと話す時間が少し増えるなら。
早く横になれるなら。
イライラせずに夕飯を出せるなら。
家族と普通に過ごす余力が残るなら。
それは贅沢ではなく、今の私たち家族に必要な支出だと思うようになりました。
「楽をする」ことへの罪悪感が少しずつ変わった
最初は、楽をすることに罪悪感がありました。
母親なのに。
妻なのに。
管理職なのに。
もっとちゃんとできるはずなのに。
そんな気持ちが出てくることもありました。
でも、今は少し違います。
楽をすることは、サボることではありませんでした。
自分の体力を守ること。
家族との時間を守ること。
不安に飲み込まれないための余白を作ること。
そのために、使えるものを使う。
そう考えるようになりました。
もちろん、全部を外注できるわけではありません。
すべての不安が消えるわけでもありません。
乳がんの怖さもあります。
治療の不安もあります。
仕事の心配も、家計の心配も、子どもの将来への不安もあります。
それでも、「全部自分で抱えなきゃ」という感覚が少し薄れただけで、生活は少し変わりました。
今まで自分ひとりで抱えていたものを、少しずつ外に出す。
AIに考える負担を渡す。
ネットスーパーに買い物の負担を渡す。
宅配食材に献立の負担を渡す。
家族に共有する。
頼れるものには頼る。
そうやって、少しずつ自分を中心に戻していきました。
今年は、知識を広げる年ではなく、生活を守る年にした
本当は、もっと学びたいこともありました。
生成AIのことも、もっとスキルとして深めたい。
仕事にも活かしたい。
知識を広げたい。
できることを増やしたい。
そんな気持ちは今もあります。
でも、今年の私は、そこを一度メインにしないことにしました。
今年は、自分の知識を拡大したり、枝葉を広げたりする時期ではない。
今までやってきたことを、最小の工数で回す時期。
そう捉えることにしました。
仕事も、家事も、育児も、生活も。
全部を全力でやるのではなく、今必要なものを残して、手放せるものは手放す。
自分中心。
家族中心。
体調回復中心。
そう決めました。
以前の私なら、「もっと頑張らなきゃ」と思っていたかもしれません。
でも今は、「頑張り方を変える」ことも大事だと思っています。
私が本当に欲しかったのは、便利なサービスではなく家族との時間だった
生成AIも、ネットスーパーも、宅配食材も、オンラインサービスも、たしかに便利です。
でも、私が本当に欲しかったのは、便利なサービスそのものではありません。
欲しかったのは、子どもと何気なく話す10分でした。
「今日、学校どうだった?」と聞ける時間。
一緒にご飯を食べる時間。
夫と普通に会話する時間。
体を休める時間。
明日の不安に押しつぶされず、今日をちゃんと生きる余白。
それが欲しかったのだと思います。
病気になる前は、時間はまだまだあるような気がしていました。
でも、乳がんが見つかってから、時間の見え方が変わりました。
大げさかもしれませんが、子どもと過ごす普通の時間が、前よりもずっと大事に感じるようになりました。
だからこそ、家事や買い物や調べものに使っていた時間を、少しでも減らしたかった。
私が楽をしたかったのは、怠けたかったからではありません。
家族と過ごす時間を、少しでも残したかったからです。
今つらいワーママに伝えたいこと
もし今、あなたが体調や仕事や育児を抱えながら、
「まだ自分が頑張らなきゃ」
「私がやらないと回らない」
「人に頼るのは申し訳ない」
「便利なサービスを使うのは贅沢かもしれない」
と思っているなら、少しだけ考えてみてほしいです。
本当に守りたいのは、完璧に家事をこなす自分でしょうか。
それとも、今日、家族と一緒に過ごせる時間でしょうか。
もちろん、家庭によって事情は違います。
使えるお金も、頼れる人も、体調も、働き方も違います。
だから、何かを使えばすべて解決するとは言えません。
でも、ひとつでも手放せるものがあるなら、手放していいと思います。
買い物を手放す。
献立を手放す。
調べものを手放す。
文章作成の最初の一歩を手放す。
家事の一部を手放す。
それは甘えではありません。
生活を守るための選択です。
自分の体を守るための準備です。
家族との時間を守るための工夫です。
私自身、まだ不安がなくなったわけではありません。
これからも迷うことはあると思います。
でも、乳がんになって分かったことがあります。
私に必要だったのは、もっと頑張ることではありませんでした。
私が頑張れない日でも、家族の生活が止まらない仕組みを作ることでした。
そして、その仕組みを作るために、生成AIやオンラインサービスは確かに助けになりました。
「全部自分でやる」をやめることは、最初は怖かったです。
でも今は、それが自分と家族を守るために必要なことだったと思っています。

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